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札幌地方裁判所 昭和53年(行ウ)13号 判決 1980年7月04日

原告 田渕ユキ

右訴訟代理人弁護士 小門立

同 山中善夫

被告 札幌労働基準監督署長 森本義徳

右指定代理人 梅津和宏

<ほか三名>

主文

被告が昭和四九年一〇月二八日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の亡夫訴外田渕藤太郎(大正九年八月二一日生、以下「訴外人」という。)は、大夕張炭礦を離職後、昭和四八年九月七日から札幌市中央区北一条東一六丁目所在の札樽自動車運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)に作業員として就労していたところ、昭和四九年八月一〇日午後五時一〇分頃、同社発送ターミナルにおいて荷物の仕訳作業中身体の不調を訴え、直ちに荻病院に収容されたが脳溢血の疑いがあり、さらに宮の森脳神経外科病院に移され「高血圧性脳出血」の傷病名で加療中翌八月一一日午前八時二〇分、第二次性脳幹損傷による呼吸停止により死亡した。

2  原告は、訴外人の妻で訴外人の死亡当時その収入によって生計を維持していたものであり、訴外人の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し労働者災害補償保険法(昭和四九年法律第一一五号による改正前のもの、以下「労災保険法」という。)第一二条の八、第一項に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は昭和四九年一〇月二八日訴外人の死亡は業務上のものではないとして右遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をなした。

3  原告は、右処分を不服として、北海道労働者災害補償保険審査官に対して審査請求したところ、同審査官は昭和五〇年五月一六日右審査請求を棄却したため、さらに労働保険審査会に対し再審査請求したが、同審査会は昭和五三年二月二八日右再審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は同年五月一六日原告に送達された。

4  しかしながら、訴外人の死亡は業務上のものであるから、本件処分は違法で取消されるべきものである。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因1(訴外人の死亡)・同2(本件処分の存在)・同3(再審査請求の経由)の各事実については当事者間に争いがない。

二  そこで訴外人の死亡が労災保険法第一二条の八、第二項で援用される労働基準法(以下「労基法」という。)第七九条、第八〇条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に該当するか否かにつき以下判断する。

(一)  まず、訴外人の死因についてみるに、訴外人が高血圧症の基礎疾病を有していたことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、訴外人は、昭和四九年八月一〇日午後五時一〇分頃訴外会社発送ターミナルで荷物の仕訳作業中倒れ、荻病院に収容されたものの脳溢血の疑いがあるとしてさらに宮の森脳神経外科病院に収容されたこと、収容時の血圧は二一〇ないし一一〇もあり、完全な昏睡状態で、左脳実質内の出血塊と眼底所見により動脈硬化症が認められたが、外傷はなく、脳血管撮影上でも他の血管性の疾患は認められず、同日午後八時三〇分頃から午後一二時頃まで開頭手術により前記出血塊(約七〇グラム)を除去したものの翌八月一一日午前八時二〇分高血圧性脳出血を原因とする脳浮腫に基づく二次性脳幹損傷による呼吸停止により死亡したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、訴外人は基礎疾病である高血圧症が増悪した結果脳出血を発症し死亡したものと認められる。

(二)  《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。

1  訴外人の職場歴と業務内容

訴外人は大正九年八月二一日生れで昭和二一年から三菱石炭礦業大夕張鉱業所で勤務(当初は購売会で商品出入、伝票・帳簿整理業務、昭和三八年春からは充填夫)していたところ、昭和四八年閉山となり、他の炭礦離職者とともに同年九月五日一般路線貨物・運送事業を行なう訴外会社に作業職として再就職し、同月七日から勤務した。

訴外人の一日の業務内容は始業時から午前一一時頃まで訴外会社発送ターミナルにおいて前日の伝票整理及び積み残し荷物の点検を行ない、その後三洋電機に出向し、日計書を作成し、昼休み(午前一二時から午後一時まで)をとった後、午後二時まで三洋電機の出先からの注文に応じ、品物の取揃え、伝票・荷札の作成・荷札付け、伝票の突合等の出荷準備をしたうえ午後三時頃集荷車(四ないし一〇トン車)の到着を待ち、運転手・助手を指導して荷物を積み込んだうえ午後五時頃右集荷車に同乗して訴外会社発送ターミナルに戻り、運転手・助手が荷物を取降し、各方面別に荷物を仕訳し、荷物受入仕訳係の作業員が台車に積み込む作業を責任者として指導して、自らも右作業を手伝うこともあった。

三洋電機での集荷量の推移は別表三記載のとおりであった。

2  訴外人の労働時間と勤務状況

訴外人の勤務時間は午前九時から午後六時まで休憩時間(一時間)を除く実働八時間、休日は毎日曜日とされていたが、出勤時間は居住する社宅からの送迎バスの関係で変動があり(昭和四九年四月二一日から同年七月一三日までは午前九時前、同年七月一四日から八月一〇日までは午前一〇時)、月一回の休日労働のほか、訴外人の担当するターミナルが遠距離用で各路線車が夜間走行するため午後八時頃まで時間外労働をしたうえで退社するのが常であり、昭和四九年六月二一日から同年七月一五日までは公休日及び休欠勤日を除いて連日二時間の時間外労働をなし、この間六月二三日には午前九時から午後一三時三六分まで休日出勤、同年七月一六日から同年八月九日までは公休日及び休欠勤日を除いて連日一時間ないし一時間三〇分の時間外労働をなし、この間、七月二一日に午前九時から午後一三時一四分まで休日出勤していた。

なお、訴外人の訴外会社入社後の勤務状況は別表二記載のとおりであり、有給休暇がわずか一日で時間外労働が一日平均約二時間程度もあった。

3  訴外人の健康状態と訴外会社の健康管理

訴外人の健康診断結果は別表一記載のとおりであり、三菱大夕張炭礦勤務当時の昭和四七年一一月二一日の健康診断の際の最低血圧値が一一〇を記録していたものの格別病気で病院にかかることもなく、右血圧の異常に対しても特段の措置が講ぜられず、訴外会社の入社時の検査でも血圧測定値を含めて異常は発見されなかった。

ところが、昭和四九年六月一日の定期健康診断(社団法人北海道労働保健管理協会に委託)において胸部エックス線検査により精密検査が必要とされ、六月二二日胸部エックス線検査(直接撮影)により腫瘍の疑いがあり、他病院で精密検査が必要で要注意との指示がなされ、右結果については直接訴外会社に同年七月三日付で通知がなされた。訴外人はその後市立札幌病院で二度検査を受け、別表一記載のとおり七月六日の当初の検査では要休業、八月三日の再検査では軽作業可の指示が担当医師からなされたが、訴外会社に右結果を報告することなく従前と同一の平常業務を継続していた。

訴外会社は健康診断実施機関から訴外人の健康状態につき要注意との連絡を受けた後、訴外人の精密検査の担当医療機関を確認して右検査の結果を確認することはしなかった。

4  発症当日の業務内容と気温

訴外人は午前九時三六分に出勤後、前日出荷された荷物の発送状況、伝票の整理・点検を行なった後午前一一時頃市営バスで三洋電機に出向した。出向後、出荷依頼のあった荷物について伝票に重量・運賃を記入して出荷準備をして午後三時頃集荷車(一〇トン車)が到着し、伝票と荷物(重量五六七一キログラム)を点検し運転手の粒良孝雄に積込みを指示し、右集荷車に同乗して午後四時頃訴外会社の発送ターミナルに戻り、午後四時二〇分頃から午後五時頃まで同車の荷物の取り降し及び送り先方面別の仕訳作業を訴外人を含め三人ないし五人で行なっていた。午後五時一〇分頃、訴外人の挙動がおかしいことに同僚の大山末吉が気づき、訴外人を病院に収容した後、死亡するに至った。

当日の札幌の天候は良好で午後三時には気温二七・一度、湿度六四パーセントあり、貨車内の温度は外気温に比べて数度は高かった。

以上のとおり認められる。

(三)  ところで「労働者が業務上死亡したとき」(労災保険法第一二条の八第二項、労基法第七九条、第八〇条参照)とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、右業務と死亡との間には相当因果関係の存在が必要というべきであるから、当該業務に就かなかったら当該疾病にかからなかったであろうという単なる条件関係があるだけでは足りず労働者が高血圧症等の基礎疾病を有する場合には、当該業務が基礎疾病を増悪させて死亡の時期を早める等それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたものと認められなければならないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定事実に《証拠省略》を総合すると、訴外人は高血圧症という基礎疾病を有していたところ、炭礦の閉山という自己の予期せぬ事情により転職を余儀なくされ、訴外会社へ再就職後の連続する残業及び休日出勤の反復により疲労が徐々に蓄積され、作業責任者としての精神的緊張も加わり、これが為とくに昭和四九年七月ころには血圧が上昇し高血圧症による血管障害を相当進行させたと推認されるうえ、発病当日には訴外会社に再就職後初めての夏期の高温の貨車内での作業という肉体的負担も加わり、遂に脳出血を発症して死亡したものと推認することができる。

被告は高温下では血圧は低下し、血圧上昇について高温下の作業の影響は考えられない旨主張するが、証人川島亮平の証言によれば、安静状態では血圧低下は認められるが、高温下では運動量が増し疲労の蓄積状態も異なるから高温下の作業は血圧上昇の原因となることが認められることに徴し、被告の前記主張は採用しがたい。

してみると、訴外人の死亡は基礎疾病たる高血圧症が同人の従事していた業務によって増悪され、基礎疾病と業務との共働原因に基づくものであるから、業務に起因すると認めるのが相当である。

三  以上によれば、訴外人の死亡を業務上の事由によるものと認められないとした被告の本件処分は違法で取消しを免れず、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 宗宮英俊 岡原剛)

<以下省略>

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